山中コンサルティングオフィス

Asia Business Column

中東ビジネス、交渉決裂 〜ドバイからアブダビへ〜

P&Lの内容が良かったこともあり、交渉は極めてスムーズだった。グループ内で運営するモールへの出店を足がかりに、持ち株会社が投資するドバイのモールへの展開、美容整形のメッカであるレバノンへの進出など、商談を重ねるごとに話しも期待も膨らんだ。

そもそも、先方が求めるビジネスモデルだった。

民族衣装によってファッションの表現が制限される中東の女性は、目元の美容に大変こだわるという。肌の露出が禁じられているため目立たないが、毛深い人も多く、脱毛にも非常に高いニーズがあるのだと先方は繰り返した。

日本側は、グループを率いる創業社長と専務が UAE への出張に応じた。東南アジアを皮切りに、海外戦略に積極的に取り組むことは数年前から会社の方針として決まっていたのだが、当初はその青写真に中東の地図はなかった。

ドバイは、スケールの大きなシンガポールという印象だった。片側6車線、両側12車線の高速道路、その奥へ広がる巨大な高層ビル群、ショッピングモールの1階にあるスケルトンの水族館、世界一高いブルジュ・ハリファを光で彩るプロジェクション・マッピング。

増刷後の10年パスポートがスタンプの場所に困るほど、移動型のビジネスライフを送ってきたつもりだったのに、久しぶりのカルチャーショックだった。

ドバイからアブダビへの道のりは、150キロメートル超。移動にはタクシーを使うことにした。

トヨタ・カムリの車内は快適だったが、バングラデシュ人のドライバーがとにかく飛ばす。窓の外に目をやると、制限速度は 140キロとある。合法なのは分かったが、そもそも日本側にとっては急ぐ行程ではまったくなかった。

中東ビジネス、交渉決裂

4月17日の夜、合意直前だった交渉が決裂した。あっけない幕切れだった。最終的に、デッドロックの条項で折り合いがつかなかった。5カ月間続いた交渉は、6行のEメールで終わることになる。

1月7日、正月気分がさめやらぬ中、初めてエミレーツ航空に乗った。行き先はドバイ。美容事業で日本のクライアントと合弁事業を検討しているアブダビの企業を訪問するのが目的だった。快適な機内に、多国籍の客室乗務員が印象的だった。日本、韓国、南アフリカ、イギリス、オーストリア、制服のバッジに見る国旗の数は、これまでに乗った航空機の中で最も多かったと思う。約900万人の人口のうち、自国民が13%程度しかいないアラブ首長国連邦(UAE)らしい。

「国民のほとんどが公務員で教育は無料、所得税もない。だから、エミラティ(Emirati = UAE 国民)は働かないんだ」。アブダビ側の担当責任者であるボビーが言う通り、大きな応接室に通された交渉のテーブルには、アメリカ人のボビー、インド人の財務担当責任者、フィリピン人の秘書、ムハンマド家の取締役、その同族の女性が座った。

 

実質、民族衣装をまとった取締役は10分ほどで退出したので、具体的な商談は外国籍がメインで行われた。相手方の企業規模は相当なものだった。従業員数4万人超。金融、不動産開発、小売り、教育、医療などの事業を手掛けるコングロマリットで、真偽のほどを確かめた訳ではないが、いわゆる王族企業なのだという。

あらゆる条件交渉で互いに歩み寄り、妥結点を見いだしてきたのだが、最終的には、この王族の部分が決定的な決裂要因となってしまった。

シンガポール郊外が激変

1998年、26歳のときに初めての海外赴任でシンガポールに3年間住みました。18年が経ち、愛娘の長女がシンガポールに進学することになり、当時住んでいた辺りを久々に訪れてみました。

クレメンティという西の郊外エリアです。まだ長女が幼かった頃は周辺にショッピングモールはなく、ちょっとしたお買い物はオーチャードまで出かけていました。今ではMRT で1駅のところに駅直結型のモールがあり、伊勢丹や東急ハンズが入っています。とても驚きました。

娘ではなく、あのときの僕自身が「15年後のシンガポール」と題して何かを書き記していたとしても、「ジュロンに伊勢丹、ハンズができる」とは決して出てこなかったと思います。未来をのぞく術があったとすれば、シーメンスのトランシーバーみたいな携帯を使っていた僕にとって、iPhone を操る現代の姿と同じくらいの衝撃を受けたかもしれません。

飲食も充実していました。王将と桂花ラーメンという夢のようなコラボを楽しめるレストラン、ココイチ、一風堂、塚田農場、鉄板鍋きのしたなど、ツーリストとしての日本人家族には1食しか選べないのは、つらいほど。最終的に王将を選びましたが、思ったほど人は入っていませんでした。思ったほどと言うのは、前夜のほぼ同じ時間帯に、中心部の王将で行列を見ていたからです。

商売的考察。

日本食はローカルフードに比べて割高。郊外に住む地元の人々にとって、選択肢の幅が広がるのは嬉しいが胃袋を満たす頻度は高くない。そうした人々が中心部に行けば、「日本食でも食べてみよう」となる。中心部には人も集まる。ツーリスト需要もある。

同じシンガポール人でも郊外では普段使いにはローカルのお店を選ぶ。ツーリストはほとんど来ない。もちろん、その差が家賃に反映されるのでしょうが、シンガポールはキャピタランド、ファーイースト、アジアモール、メイプルトゥリーとデベロッパーが限られているため、何かと強気。抱き合わせの郊外出店などもあるだろうから、多分大変なのだろうなと。

「それにしても、ウエストゲートはキャピタランドのモールなのに導線が良くなかった。どうしたんだろう・・・」

考察終了。長女のいない KL に着くと、寂しさですべてを現実に引き戻されました。

文 石橋正樹

★関連リンク

http://www.capitalandmallasia.com/ja-jp/corporate/malls/singapore/westgate

2016年アジアの景況と見通しは?

2016年は軒並み停滞 アジア経済で期待できるのはベトナム

中小企業庁が支援する海外展開プラットフォーム事業というのがあります。東南アジア諸国を中心に、インドや、中国には香港を含む5つの拠点に専門家を配置。官民協力機関とのネットワークを活用し、日系企業の進出支援を行っています。

2月上旬、ホーチミンでそのプラットフォーム事業のリージョナル会議が行われ、アジア14カ国・地域から約60名の専門家が集まりました。クアラルンプール事務所から派遣される形で参加してきましたが、とても興味深い話を聞くことができました。

中国経済は、西南部の重慶などは2桁成長が続いているようですが、軒並み頭打ち。その他のアジア諸国からもあまり景気の良い話しは聞かれません。

特に各国の専門家が悲鳴を上げていたのは、最低賃金の上昇による人件費の高騰。上昇率は前年比10%以上、インドネシアや中国の一部の地域では同20%以上という数字も出ていました。

国民所得を向上させようという施策なのでしょうが、景気低迷とあいまって企業に対する影響は深刻だそうです。

そんな中、ベトナムはホーチミン、ハノイともに経済状況は非常に良好という報告がありました。ハノイでは冬物の衣料品の伸びが好調、IT のバックオフィス機能が活況、エンジニアの需要増、さらにホーチミンでは不動産も昨年より伸びているそうです。

地理的な優位性や人口の多さなどから TPP 特需を指摘する声もありました。また、ベトナムは EU とも FTA を締結しており、全包囲型で自由貿易圏を構築しようとしています。

今回のリージョナル会議。TPP 締結に向け、域内で日系企業に利益がもたらされるようにするための基盤強化がねらいの1つでした。

会議の内容を総括すると、TPP 以降、優位に働く国とそうではない国が比較的明確に分かれそうです。

文 石橋正樹

ASEAN の人材 6

シンガポール人は本当に優秀だと思います。お願いをしたことに対しての精度の高さは群を抜いている印象があります。

 

小売り大手、大手イベント会社、雑誌社経営陣、ソーシャルネット関連企業、オンライン広告関連、アパレル大手、有力デベロッパー、政府関係者。皆、極めて優秀でした。

 

中にはマレーシア人も多くいました。永住権を取得してシンガポールで活躍している方々です。近年、マレーシア政府が盛んに頭脳流出を危惧しているのが良く分かります。

 

ただ、もしかしたら日本人が感じる優秀さと、ここで述べるそれは少し趣が異なるのかもしれません。

 

本で読んだのか、人づてに伺ったのかは覚えていないのですが、日本人が考える「仕事ができる人の定義」について、強く印象に残っているお話しです。

 

(上司)

朝刊で気になる記事を見つけたので、部下にコピーを頼む

 

(普通の部下)

A4 の紙に該当ページをコピーする

 

(見込みのある部下)

該当記事を拡大し、見やすくコピーした上で蛍光ペンで囲む。さらに、日付が分かるようにしておく

 

(優秀な部下)

該当記事に加え、関連記事を集めてレイアウトを工夫し、A4 の紙に印刷して資料として渡す

 

自分自身も、仕事の先回りとか、言われる前に行動しなさいとか、日本にいた頃は本当に良く怒られました。

 

ですが、知りうる限り、この熱帯の地域ではそうした美学は共有されていないように思います。

 

冒頭で書いたシンガポール人の優秀さは、「言われたことを素早く正確に」行う能力を評価したものです。

 

一方で、日本人の方々が「気がきかないんだよなぁ」と嘆いておられるのを何度も耳にしたことがあります。

 

シンガポール人は賢い人ほど、要領よく、素早く仕事を終えようとします。なので、後から追加で頼むとイヤな顔をされたり、露骨に避けようとする態度をとられる場面に遭遇することもあります。

 

仕事が早いからか、あるいはそう思っているからか、ギリギリまで取り組んでくれないこともあります。

 

何より決定的なのは、「言われたことを素早く正確に」行う訳ですから、言いたいことがきちんと正確に伝わらなければ、その時点で仕事の結果がどうなるのかは目に見えています。

 

考え方や性質を理解した上で、タイミングと注文の仕方が大事になるのだと思います。

ASEAN の人材 5

マレー系マレーシア人やインドネシア人は総じて、人懐っこくて優しいです。旅行のときに仲良くなったり、友人としては言うことはないのですが、仕事の場面では苦労することもあります。

恐らく、ストレスに対する耐性があまりないというか、意識的にストレスのある環境から遠ざかろうとしているような節さえあるように感じます。

昔、こんな話を聞きました。

野球アニメ「巨人の星」をクリケット版にして、インドで放映したら大ヒットしたそうです。じゃあ、インドネシア、マレーシアのイスラム圏東南アジアも人口は多いではないかと。

ここまで盛り上がったあと、その場にいらっしゃった某イスラム圏大使館勤務のご経験がある方から伺った話。

「イスラムでは試練に耐えて、耐え抜いて、というのは奨励されない。なぜ、苦痛の中に長く身を置くのか、早く環境を変えるべきだという発想になるから。だから巨人の星のスタンスは受け入れられない」

なるほど。真偽のほどを自身で直接確かめたことはありませんが、現代社会は仕事現場が往々にストレスであふれているのは間違いない。

そのストレス、とりわけ怒られるということ耐えることが仮に美徳とは正反対の位置にあるのであれば・・・。問いつめられるとか、ましてや追い込まれることは極端に嫌うはずですね。

それを皆が(もしかしたら)分かっているから、異文化(中国系やインド系)がマイノリティーのマレーシアやインドネシアの組織では、できるだけ突き詰めることをせず、どこかで「今回だけ。特別に」ですませているのかもしれません。

さて、東南アジアの中でマレー系がマイノリティーになる国。それが、シンガポールです。次回は、シンガポールについて書きます。

文 石橋正樹

ASEAN の人材 4

マレーシアの華人系は、一般的にマイルドだといわれます。マイルドではピンときませんね。あまりガツガツ一辺倒ではないというか、これでもかというほどに意見や考えを押し付けてくる場面は少ないという意味です。一般的にですよ。

複合民族国家にあって、融和と協調という精神が浸透しているのでしょうか。比較的やさしいですし、人なつっこいと思います。これはマレー系の人々も同じで、とてもやさしいです。

この国民性が、組織に対する忠誠度が低い部分とあいまって、「いいよ、いいよ。特別にね。今回だけだよ」と特例扱いをしてくれることが良くあります。商品を値引きしてくれたり、お役所で必要な書類が不足しているのに受理してくれたり、おまわりさんが寛容だったり・・。

いい加減と言う人もありますが、そう簡単に片付けず、少し掘り下げてみます。

まず、組織に対する忠誠度が低いと書いたのは、組織全体に「私は知りません」を許してしまう土壌があるからだと思います。

お役所のケースとは言いませんが、例えば、書類が足りない場合。

何となく2段階くらいは、不備に気付かないうちに通ってしまう。ある程度まで通過したところで、「おやっ、足りないぞ」となるが、「どこからないんだ?」と探すうちに、『私は知りません』『私も知りません』と皆が口々に言い出し、「しょうがない。今回だけ、通すか」となる。

だから、一度断られたことについてでも、「ダメもとで言ってみるもんだね」ということが度々あります。

これ、自分の組織内でスタッフがこうだったら困りますよね。

なぜ、こういう構造になるのかというと、そこにはマレー系マレーシア人やインドネシア人に共通する人柄が関係してくるのだと思います。次回は、そのことについて・・。

文 石橋正樹

ASEAN の人材 3

前回、バンコクとホーチミンに関して、集団をまとめるのは大変だと書きましたが、これに関する要点はASEAN 中どこにいても同じで、いかにローカルのリーダーと志を共有するかによると思います。

僕らがどれほど、その国の人たちの考え方や性質を把握したつもりになったところで、本質を理解することはかないませんからね。だから、自分の下にリーダーをたてる。そして、明確なヒエラルキーを作る。権威をもたせる。

ただ、なかなかこのあたりは日本人には難題なのかもしれません。

典型的な2つのパターン。

1.ヒエラルキーを嫌う

現場もマネジメントも関係ない。同じ社員なんだから、一緒に作業して、一緒に会社の現状について意見をかわし、たまにはご飯を食べにいこう、と。

仮にデスよ。今の会社に入る前までの10何年とか20何年とか、ヒエラルキーのある社会が当たり前だったのにそれを急に外されたら、どうなるでしょう?

社会構造としてのヒエラルキーを肯定している訳ではありませんが、新しい秩序を作るには相当の時間とエネルギーが必要です。このパターンでよくあるのが、はしごを外した結果、しばらく経った後に秩序がなくなって混乱するということ。

2.信用したがらないパターン

あいつは分かっていない。だから、・・・人は。というのが口癖で、現地のヒエラルキーの上に立つリーダーを作りたがらない。

どこの世界に行っても、最初から分かってくれる人材など存在しないと思います。

時間はかかりますが、自分の言葉を、いないところでも現地の言葉で話してくれるリーダーがいれば、きっと組織力は変わると思います。

 

今日は、マレーシアの人材について書こうと思っていたのですが・・・。次回につなげます。

文 石橋正樹

ASEAN の人材 2

前回の続きです。

 

ファッションイベントを運営する際に手伝ってくれる Usher の動きから、働き方に関する各国の特徴が見えることがあります。独断と偏見で、思うところを書きます。

タイとベトナムは比較的似ている気がします。毎回、人の多さに驚かされます。よくもこんなに集めたなと主催者の力量に感心します。ところが、これがあだになることが後に起こります。基本的に皆、責任ある立場が好きなようです。互いに小さな領域を「ここは私の担当です」と主張しあいます。何かを頼んだときには、心強い返事が返ってきます。ところが、それを誰かに指示することでその人は役目を終えてしまいます。

例えば、映像の編集を頼むとします。「データはどうなった?」と聞くと、「作業中」と返ってきます。「あと、どれくらいで仕上がる?」と続けると、「15分くらい」。15分後に聞いても、「あと15分くらい」と延々繰り返します。おかしいから、問いただしてみると「映像スタッフに編集を依頼してデータを渡した」。「私は、きちんと指示をした」と胸を張る。そこから、データを渡された人が、また次の人に指示を出す。編集スタッフに行き渡るまでに、何人か人が介在する。とにかく人が多いですから。指示を出される側ではなく、出す側の立場が好きですから。

結果的に、こちらが最初にデータを渡した Usher は、実際に作業を行っている編集者が誰か知らない。だから、進捗を聞かれても確認ができない。だけど、何も答えない訳にはいかない。30分では長過ぎるから、15分くらいと返答する。その間に作業は完了してデータは届くだろうという期待を込めて。

こうした事態に気付き、データの行方を探り当てるのも一苦労。最初の Usher をつかまえ、一緒に次の人を探す。数が多いから、その次の人を探すのが難しい。だからといって、行方探しを任せるのも危うい。
ようやく編集者までたどり着くと、データは作業ファイルの下の方に埋もれている。「急いでいるから先にやってほしい」と伝える。必ず作業を終えるまで、隣りにいる。これで、なんとか映像がショーのリハーサルに間に合う。こんな具合。

前回のコラムで書いたベトナム系アメリカ人はさすがだった。動きの良い Usher 1人を捕まえ、目を見て鋭く言い放つ。

Bring this data straight to the editor. Don’t pass or ask others. Make sure who is the editor. And get to know his name, mobile, how long does it take. Go, get it by yourself.

なるほど。ホーチミン、バンコクでの任務遂行までの流れ。勉強になりました。

文 石橋正樹

ASEAN の人材 1

ファッションイベントのプロデュースに携わっています。関わったイベントの数はこれまでシンガポール、ジャカルタ、バンコク、ホーチミンで約10回ほど。

 

それぞれ現地入りし、その国のスタッフの方と共に運営体制を築いていくのが仕事です。

 

先日、ベトナムファッションウィークから帰ってきたのですが、人材について思うところがあったので、文章にしてみます。

 

どの国でも、業務をサポートしてくれる Usher とよばれるスタッフが数人ついてくれます。

 

ファッションショーではデザイナー、プロデューサー、ステージ担当、メディア、フィッター、ヘア&メイク担当、スポンサーなど、多くの人たちとのコーディネートが必要です。

 

中には英語が得意ではない方もいらっしゃるので、Usher はそのつなぎ役として重要な役割を果たしてくれます。

 

ベトナムの関係者とは、英語でコミュニケーションをとることがほとんどできませんでした。ところが、3人、驚くほど英語が流暢な人がいて、完全に脱帽でした。

 

聞けば3人はカリフォルニア在住で、ベトナム戦争の難民としてアメリカに渡った次ぎの世代。ベトナム側の主催者から依頼を受け、期間中のみ駆けつけているそうです。

 

ニューヨークのファッションウィークや America’s Next Top Model の制作にも携わっているというから、プロ中のプロ。それは、優秀なわけです。

 

彼らによると、アメリカは戦争難民を積極的に受け入れたとのことで、近年、そうした人材の活躍の場が少しずつベトナムでも増えているそうです。

 

ちなみに、今回はポーランドの Next Top Model との共同企画が組まれました。

 

4人のファイナリストがキャスティングの段階からファッションウィークに参加し、ランウェイを歩いた後、デザイナーの評価によって最終日に1人落とされてしまうという内容です。

 

ポーランドのTVクルーを前に、デザイナーのコメントとして落選候補者の名前を告げるという、何ともつらい役割を引き受けなければなりませんでした。

 

バックステージで彼女は「日本が大好き」と言っていたので、これはとてもきつかった・・。

 

やんわりと、彼女の名前を挙げて ” She has potential but room to improve” と話したら、即 NG。「もっとストレートに表現しろ」と何度もダメ出しをされ、最終的に僕のコメントは、こうなりました。”She is the last one to choose…”

 

だいぶ話しがそれてしまい、スペースがなくなったので、「ASEAN の人材」については次回、続けることにします。

文 石橋正樹

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