About the author...
通信社勤務を経て、2004年にマレーシアでビューティー事業会社設立。アジア各国メディアとの人脈と起業経験を生かし、商業施設リサーチ、ビジネスマッチング、販促マーケティングでコンサルティングを行う。美容室 76 STYLE を経営するほか、美眉 & 美まつ毛専門サロン3店舗、飲食業4店舗のアジア出店を支援、実現した。また、日本企業のフランチャイズ展開を香港、マカオ、東南アジアで現地企業との間でまとめた。
さて、マレーシアの教育改革の続き。サラワク州政府が来年1月から、公立小学校の数学と化学の授業を英語で行うことを決めました。
実はこの試み、過去には国家レベルでも行われているのです。2003年、当時のマハティール首相が国民の英語力強化を目指して半ば力技で導入したのをよく覚えています。マハティール首相は同年10月に辞任します。
そして、この改革は2012年、ナジブ 政権の時に白紙撤回されました。英語力が低いために数学や科学で落第者が続出したことが主な理由でしたが、実際のところ、教員の側が英語化に追いつけていなかったとも言われています。
PayScale.com によると、公立小学校教員の平均月給は約3,137リンギ(約8万1,000円)と決して高くはありません。私立学校やインターナショナルスクールの先生たちに比べると、英語コミュニケーション力も概して同レベルとは言い難いところがあります。
撤回前には英語を母国語とする講師を採用する案も出ましたが、先生たちが職を奪われるという論議が起き、段階的に数学、科学以外も英語化が進めば、母国語による教育機会が奪われるという脅威論にまで発展してしまいました。
子どもたちが将来、どういう社会の一員として、その役割を担うのか。教育にはそのビジョンをデザインする力が不可欠です。
今回、サラワク州の改革導入を後押ししたのはマハティール首相だと言われています。
未来を担うマレーシアの若者を対象にした講演で、首相はAI 社会に対応するため、科学と数学を学ぶことがいかに重要かを指摘したあと、話題を宗教に切り込みます。
「英語化を進めることで、イスラム教育がおろそかになると批判する人がいるが、公立学校は宗教学校になるべきではない。なぜなら、すべての生徒が将来、聖職者になるわけではないからだ。技術は絶え間なく進歩し、そのアップデートは私たちの言語ではなく、英語でなされる。だから、数学と科学を英語で学習することが重要なのだ」。
これは華人系やインド系の政治家には、おそらく公の場では絶対に言えない言葉です。そして今、マレー系の政治家の中にも、力強いビジョンを持ってこの発言をできるのは、きっとマハティール首相をおいてほかにはいないのではないかと思います。
YRCG マレーシアオフィス
石橋正樹
東マレーシアのサラワク州政府は29日、来年1月から公立小学校で数学と科学の授業を英語で行うと発表しました。
地元メディアの扱いはそれほど目立つものではありませんでしたが、個人的には非常に大きなニュースだと思っています。あくまで私見ですが、この国の将来に関わる重要なもの判断だったと考えています。
間違いなく、今後、この決断によって国家の意見を二分する論争が巻き起こるでしょう。
これまでクライアント企業や自社を代表して、プロジェクトスタッフを含めると数百人の履歴書に目を通し、数多くの面接、採用を行ってきました。
面接ではコミュニケーション能力を重視し、当然、民族や宗教は評価基準にはまったく関係しませんが、特にマレー系応募者の英語力の乏しさを実感します。母国語はマレー語で、家庭でもマレー語を話し、マレー語で教育を受けている人が多いからです。
一方、華人系は日常生活に困らない程度のマレー語は話しますが、高等教育を英語で受け、海外に留学する人も少なくありません。マレー系を優遇する教育制度が関連するのですが、ここでは詳述を避けます。
外資系の立場からすると、採用の際、英語のコミュニケーション力に重点を置くのも理解できます。
マレーシアの教育現場における英語力の向上は、長年の課題です。また、母国語はアイデンティティーに関わる問題でもあるので、主要教科はマレー語のまま、一部の教科のみを英語で教育しようというのが今回のサラワク州の挑戦です。
背景には、高等教育を受けた新卒者の就職難があり、その多くがマレー系という社会問題もあります。
3,000万人の市場で、マレー語だけで資本主義の階段を上り詰めるのはある程度の限界があるのかもしれません。
母国語を持たないシンガポールは90年代後半、国を挙げて英語教育を強化する取り組みを行い、2000年代に入ると、今度は中国語の重要性を喧伝し、資本主義化で成功を収めてきました。
マレーシアの歴史を乱暴に振り返ると、マレー系が農業に携わっていた頃、華人系が港湾労働者として、インド系がプランテーション労働者としてイギリス政府から連れてこられました。
しばらくすると、農業に従事するマレー系より、華人系、インド系の所得が高くなり、1969年に暴動が起き、世界的にもめずらしいマジョリティー(ブミプトラ )の保護政策が始まったのです。
以来、所得格差と民族主義は常にこの国の火種となり、所得向上に関わる最も重要なファクターとして教育があげられてきました。ところが、教育こそがアイデンティティーの根幹に関わるという視点から、その改革は民族主義の立場から批判の対象にもなり得ます。
これこそが、冒頭で書いた国家の意見を二分する論争が起きると予測した理由なのですが、だいぶ長くなりましたので、続きは次回にあらためます。
YRCG マレーシアオフィス
石橋正樹
韓国大手芸能事務所 YG エンターテイメントをめぐる「性接待疑惑」が、マレーシアで思わぬ形で話題になっています。
BIGBANG など、大物アーチストが所属する YG の疑惑について、韓国のテレビ局 MBC が放送した番組で、東南アジアの富豪2人に対して「接待」があったとされているのですが、その1人がジョー・ロウだというのです。
Jho Low、本名 Low Taek Jho とはナジブ 元首相を失脚させたマレーシア最悪の腐敗スキャンダル、1MDB 事件の渦中の人で、今は中国に潜伏中といわれています。
テレビ番組によると、「接待」があったのは2014年7月。思い起こせば、その前年、2013年にはマレーシアで総選挙が行われ、当時のナジブ 首相率いる与党連合のイベントに、人気絶頂だった Psy が現れて大きな話題になりました。Psy はこのとき、YG の所属でした。
5年後、その与党連合は建国史上初めて野党に転落、ナジブ氏は合計42の罪で起訴され、ジョー・ロウは指名手配されています。
おごれるものひさしからず
YRCG マレーシアオフィス
石橋正樹
非常勤取締役を務めている Nippon Delicious のオーナーで取締役の Aldred と地元のラジオ番組に呼んでいただきました。
いや、ラジオはテレビより緊張する・・・。スクリプトは一切なし。番組ホストのリチャードと当日に初めて会い、5分ほど局内を案内してもらい、すぐにスタジオに。なので突然、どういう話を振られるかまったく予測もつかず、時折パニックに・・。
アルドレッドと目配せをしながら、「そこは君が、いやいやそっちでしょう!」という攻防が何度もありました。
勢いよく話し始めたは良いが、途中で着地点を見失い、「何を話しているんだ、オレは・・・」という場面ばかり。心の中で、「リチャード頼む!いったん区切ってくれ!」と何度悲痛なさけびをあげたか分かりません。
中でも、最後に聞かれたサステイナビリティーの部分は、まったくの無防備でした。右側からアルドレッドが強烈な視線を送ってきたので、無理矢理言葉を繰り出したものの、すぐに、「いかん。何言ってんだ・・。やり直しさせて。そんなの無理だよね・・・。あぁあああ」状態のまま、持ち時間を終えてしまいました。
https://www.bfm.my/podcast/enterprise/open-for-business/ent-ofb-nippon-delicious-japanese-lifestyle-dining
舞台裏をここまで読んでいただければ、聞くに耐えないレベルではないかもしれません・・(と祈りつつ・・)。一応、BFM とのお約束ですので、ポッドキャストのリンクを貼っておきます。
いや、なにせ、とても良い経験になりました。
次は、もっとうまくやります!
YRCG マレーシアオフィス
石橋正樹
マレーシアの歴史的な政権交代から、今日で1年が経過しました。
あるメディアの調査では、国民が将来に対して不安に思っていることの第1位として、国内経済の減速が挙がっているそうです。
このことについて、個人的には良い傾向にあると思っています。
1年前、独立以来61年目にして初めて起こった与野党逆転に国中が湧きました。政権をとった希望連盟は変革を約束し、国民も変化に期待しました。
政権運営から100日を超えたあたりから、公約の実行能力を疑問視する声が聞こえ始め、与党連合の中には、「マニュフェストに固執しすぎるべきではない」という意見も出てくるようになりました。
構造改革は、人が変わっただけで短期間に劇的な変化が現れるほど単純ではなく、まして、閣僚経験者が少ない野党連合による政権運営は当初、ただ単に過去を否定することに躍起になっているようにも映っていました。
自らの手による変革を世に訴えることが優先の政治では、優れた政策を前に進めることは難しいのかもしれません。期待の熱がすーっとひきだした頃、ようやく半年を過ぎたあたりから、一部の省庁では、前政権の路線を客観的に評価し、良いものは復活させるような流れが見え始めてきました。
この頃を過ぎると、あれだけ巨大な汚職事件を起こし、多くの人々がステップダウンを望んだはずなのに、政権運営能力としては前政権の方が優れていると嘆く人も少数派ながら現れるほどです。
1年を経て、国民も与党連合も本当の変革がどれだけ難しいものなのかを実感したのではないでしょうか?
しかし、マハティール首相だけはこのことが見えていたのだと思います。そして、大方の国民もマハティール首相への期待値だけは、この1年間募るばかりだったように思います。
そのマハティール首相は1年を振り返り、記者団に、「Can you tell me which leader has done better than me」と問いかけています。93歳という高齢についても、年齢はアドバンテージにはならないが、経験は優位に働くと語りました。
さて、冒頭で「良い傾向にある」と書いたのは、変革が叫ばれ、その表層に酔いしれる状態が続けば、民族主義が台頭する可能性があると考えていたからです。この国の最大のリスクは、民族融和の現状が崩れることだと思っています。
国民が経済の先行きを不安に思い、政治から経済優先が置き去りにされなければ、次のリーダーもマハティール首相の絶妙なバランス感覚を引き継いでくれるはずでしょう。
ちなみに、マハティール首相は、こうも述べています。「1年を振り返り、少なくともトランプよりはましだったはずだ」。
YRCG マレーシアオフィス
石橋正樹
昨年5月の新政権発足後、マレーシアで初めて州首相が辞任しました。場所は、シンガポールとの国境に近いジョホール州です。マハティール首相とジョホールのロイヤルファミリーとの間には、根深い対立があるとされています。
マレーシアに13ある州の中でも、ジョホールは少し特別です。同州のロイヤルファミリーは15世紀に栄えたマラッカ王朝の末裔で、州政府としては唯一、スルタンが指揮権を有する軍隊を持っています。
対立の始まりは、第一次政権でマハティール首相がスルタンの権力を弱める政策をとったことに起因するとされていますが、今年1月には国産第1号車となったプロトンの1985年記念モデルでスルタンが首相を送迎するなど、雪解けを演出する場面もみられました。
蜜月は長続きせず、そこから一転、州政府トップの辞任に至るまでの対立の構図を整理してみます。
フォレストシティー
国立公園を王室の土地にし、中国企業(カントリーガーデン)が開発したジョホールのフォレストシティーを首相が選挙期間中に糾弾。政権奪取後、「フォレストシティーに住む外国人にビザは発給しない」と明言したことで、フォレストシティーのゴーストタウン化を危ぶむ声もある。
ジョホールバル港開発
政府認可の下、香港の大富豪、李嘉誠氏が率いるハチソングループとマレーシア企業 KA Petra が進める港湾開発計画に、王子や周囲の関係者が「スルタンも自分も知らされていない。州首相も知らない間に、計画が進められた」。「マハティール首相の縁故主義によって、合弁企業に便宜が図られた」などと批判。マハティール首相は、批判を一蹴した。
国際刑事裁判所ローマ規定
批准を目指していた政府に対し、(イスラム法や王室の特権に関わる部分で)国の尊厳に影響を与える可能性があるとして、王子がソーシャルメディアで撤回を求めるキャンペーンを展開。最終的に、政府は計画を白紙にする判断を下した。
辞任したオスマン・サピアン氏は、マハティール首相が率いるマレーシア統一プリブミ党に所属しています。
野党連合からは後任に、かつて州首相を務めた同党の重鎮ムヒディン・ヤシン内相を推す声もあがりましたが、これに対し、マハティール首相は記者を前に、「負けた党が何を言う。勝った党が決めることだ」と怒りをあらわにしました。
この様子からも、後継者選びと入り組んだ問題の解決がいかに難しいかが伝わってきます。
後任には、統一プリブミ党から43歳のシャフルディン・ジャマル氏が選出されました。
YRCG マレーシアオフィス
石橋正樹
今日はお金の話をしたいと思う。
「無駄遣いしてはいけない。お金は大切にしなさい」
父や母、おじいちゃん、おばあちゃんからしつけとして何度も何度も言われてきたことはよく覚えている。でも、しつけ以上にお金の教育を受けた記憶がない。父ちゃん、母ちゃんは反論するかもしれないけど・・。少なくとも、パパの記憶の中では・・・。
20年間海外で暮らしてきたので、日本人はもちろん、アジアや欧米のあらゆる国の人々を含め、いろんな人たちのお金の考え方にふれることができた。好奇心から観察し、質問し、ディスカッションしたり、そして、ときには藁にもすがる気持ちで必死に学んだことを伝えてみるね。
生き金と死に金
生きたお金の使い方をすること。死に金には1円も支払わない。生き金とは活躍してくれるお金。自分や周りの人の役に立つお金の使い方のこと。死に金とは、見栄を張るために使ったり、その場の雰囲気に流されて使ってしまうお金のこと。特に華人は、普段から生き金と死に金を見分けることにとても敏感なように思う。いつだったかは覚えていないけど、お金の神さまと言われた邱永漢という人の本を読んだ後は、1円だって、1セントだって、生き金になるのだから大切にするようにした。落ちていたら迷わず拾う。そして、お金が生きる場面がきたらありがたく使う。一方で、死に金には大きいも小さいもない。決して払ってはいけない。
支配されてはいけない
お金に振り回されるようになると、お金のために生きることになる。人生にそういう場面がなければ、それにこしたことはないが、パパにはそういう時期があった。とてもつらかった。自分を正しくコントロールして、生き金を使えば、人生はとても豊かになる。だから、お金に余裕がない状態を作らないようにしなければならない。百円の余裕でも十円の余裕でもいい。その余裕すらなくなったときは、自分の心と向き合うとき。そのときに大切にしようと思えたことこそが、人生の宝。やがて、良い心と感謝の想いを持ち続けることできれば、きっと余裕ができるはず。凡人にとっての修行のときかもしれないね。
人間関係を損なう危険
あげる気持ちがなければ、決してお金を貸してはいけない。自分にとって生き金になると判断したのであれば、そこはあげたと割り切るべき。だからこそ、自分に余裕がないときには、生き金になるはずもない。借りるお金、貸すお金で人間関係は損なわれていく。そのことを忘れないでほしい。
大学生も立派な社会人だと思う。4年間が区切りで、そこから就職してはじめて社会に出るという考え方には、個人的にはなじめない。社会と関わりながら自分の生き方をデザインする人生は、もう始まっていると思うから。
1泊2日でシンガポールに行ってきました。現金もクレジットカードも持たずに行って、帰ってきました。
とは言え、先進的な事例を紹介したいわけでも、テクノロジーを駆使した快適な旅を指南したいわけでもありません。単に、お財布とカード一式をすべて忘れてしまったのです。
そのことに気づいたのは、KLIA (クアラルンプール国際空港)でした。自宅から空港までは配車アプリの Grab を利用したので、現金の決済は必要なし。さすがにパスポートは持参していましたので、チェックインも問題なし。
出国を間近にして、一瞬、顔が青ざめるのですが、引き返していてはすべての予定が台無しになってしまいます。勇気というか、覚悟というか、なかば投げやりにというか、とにかく進むことにしました。
食料を胃に備蓄しておかなければいけないので、ラウンジでは普段はあまり口にしないローカルフードにも手を伸ばしました。
シンガポールの空港からホテルまでは、Grab で OK。ホテルは事前に決済を済ませているのでことなきを得て、その後の移動も Grab に感謝。水分補給はホテル備置きのボトルウォーターに助けられ、ギリギリとなった食事もチャンギ空港のラウンジに駆け込むことで、なんとかしのぎました。
結果として無事に生還できたのですが、2019年3月現在では、まだ財布とクレジットカードを持たずに海外旅行をすることはおすすめできません・・・。
YRCG マレーシアオフィス
石橋正樹